ドッサウェイ☆ Like A Rolling Stone

バリー・マニロウ BARRY MANILOW 名曲 人気ヒット曲 おすすめ マイフェイバリット・チューン

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさんどーも!UKです。

 

さ、UKが選ぶマイフェイバリット・シリーズ!

しばらくバンドものが続いていたので、今回

ボーカリスト・メインで選ぶとしたらこの人かなと思い、ピックアップしてみました。

 

USA発!ニューヨークはブルックリン出身の男性シンガー、

そして作曲、プロデューサーもこなすアメリカ音楽界のエンターティナー

BARRY MANILOW

 

 

 

2ndシングルの「哀しみのマンディ」以来、次々とミリオン・ヒットを飛ばし

1978には5枚のアルバムがベストセラー。

また、エミー賞、トニー賞、ミュージックアワード、グラミー賞等、数々の賞を受賞し

ラジオ&レコーズのNo.1アダルト・コンテンポラリー・アーティストと呼ばれるバリーマニロウ 。

 

中学生の時にそのバリーの声に惹かれて以来、

ずっと憧れのシンガー、そしてソングライターでもある

バリーマニロウ・マイフェイバリット・チューンをお贈りしたいと思います。

 

 

 

 

哀しみのマンディ

 

 

1974年 そのバリー・マニロウの2ndアルバム『Barry ManilowⅡ』より

哀しみのマンディ  Mandy

デビューしたてのパッとしない時期に

推薦されたこのバラード曲にバリーは最初、抵抗がありましたが

説得されてレコードを出したら、

自身初のヒット曲で初の全米No.1を獲得となったのでした。

バリー・マニロウのしなやかで癒される声が

世界で認知される事となったこの曲の原曲は、

作詞スコット・イングリッシュ、作曲リチャード・カーの「Brandy」。

この曲はバリー以外にも数多くのアーティストからカバーされ

のちに1970年代には、あのフランク・シナトラに「次に来るのは彼だ」と言われました。

 

 

 

 

 

 

 

歌の贈り物  I Write The Songs

 

 

1975年 バリー・マニロウのリリースシングル

歌の贈り物   I Write The Songs

作詞作曲はビーチ・ボーイズのメンバーであるブルース・ジョンストン。

1976年に全米チャート首位獲得。第19回グラミー賞では最優秀楽曲賞を受賞。

この美しいメロディ、曲調もそうですが

当時は、特にバリーの声に心を奪われていた中学生の僕でした。

毒々しいロックに目覚める前は、バリー・マニロウやビリー・ジョエル、

オリビアニュートンジョン等の洋楽ポピュラーばかり聴き漁ってたその頃は

汚れなき純真無垢な時代でしたね〜(笑)

この素敵でマイフェイバリットな曲は、

キャプテン&テニール、デヴィッド・キャシディ、フランクシナトラ、西城秀樹、沢田研二等、

いろんなシンガーから愛され歌われました。

ただ詩に関しては、誤解されやすい内容なので、またもやこの曲も

バリーは最初乗り気ではなかったみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨーク・シティ・リズム  NewYork City Rhythm

 

 

1975年 3rdアルバム、トリプルプラチナに認定されたアルバム

『Try’in to Get the Feeling(歌の贈り物)』からのヒット曲

ニューヨーク・シティ・リズム   NEWYORK City Rhythm

ニューヨークの躍動感を感じるゴキゲンなディスコ調ですね。

途中からラテン調にアレンジが変わるのがまたオシャレ♪

サンタナの「オエコモバ」を彷彿させます。

これ実は本当にサンタナが弾いてたりして。。(情報が未確認..)

当時の日本の歌謡曲にも

影響を与えたのが伺えるアッパーでゴキゲンなナンバー。

 

 

 

 

 

 

 

 

涙色の微笑  Can’t Smile Without You

 

 

1978年 バリー・マニロウの5thアルバム『愛と微笑の世界(Even Now)』から

涙色の微笑  Can’t Smile Without You

全米チャート最高位3位。

この頃の首位、上位はビージーズが占めていたディスコ全盛の時期だから

首位獲れなかったのはしょうがないですね。

CMソングでもよく耳にするハートウォーミングなこの曲、

原曲はニール・セダカの「Smile(1961年)」。カーペンターズもカバーしました。

バリー特有の中音域の声が、特に心地良い曲なので

何度もレコードに針を落としていたものでした。

西城秀樹や野口五郎も歌っているバージョンを、最近YouTubeで見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

恋はマジック Could It Be Magic

 

 

 

1973年のデビューアルバム『Barry Manilow 1(恋はマジック)』より

恋はマジック Could It Be Magic

ショパン前奏曲第20番ハ短調をベースに作ったという

バリー・マニロウ自作のこの曲は

アルバムリリースの2年後にシングルカットされ、全米チャート最高位6位まで上昇しました。

バリーのベスト盤の中で流れてくる数々の曲の中でもグッと来させるこの壮大な楽曲。

悲しいようで、明るいようで

その不思議な感じは、やはりクラシックならではのマジックなのでしょうか。

ドナ・サマーやテイク・ザット、日本ではサーカスがカバーしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

Please Don’t Be Scared

 

 

1989年のアルバム『Barry Manilow』より

Please Don’t Be Scared

「怖がらないで」という意味の曲タイトル。

歌詞を切々と歌いながら、染みていく中音域のボイス。

バリーの声を聴くと、同じニューヨークのアーティスト、

ビリージョエルを思い出しますね。

その声のトリコになった僕もファンですが、

2014年に、長年マネージャーを務めてきた男性ギャリーギーフとの同性婚が発覚した時は

世界中の多くの女性ファンは、かなりの大ショックを受けただろうな〜

・・と思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

コパカバーナ  Copacabana

 

 

 

1978年のアルバム『愛と微笑みの世界(Even Now)』より

コパカバーナ Copacabana

イントロからのラテン・パーカッションが熱くさせる。

情熱的でドラマティックな曲展開、そしてバリーの歌声。

何度聞いても飽きることがない名作中の名作ですね。

ただし、この「コパカバーナ」の歌詞は、悲劇的で

30年前にショーガールをしてたローラが、

そのナイトクラブ「コパカバーナ」で恋人を銃殺され、

今ではそのコパカバーナもすっかりディスコと変わってしまい

恋人も若さも、そして正気すらも失ってしまっているというローラのストーリー。

「コパカバーナでは恋をしちゃいけないよ」と

最後に締めくくる、まるで映画を見ているようなストーリーは

のちのち、同名のミュージカルにもなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れえぬ面影  Even Now

 

 

 

1978年 5thアルバム『Even Now(愛と微笑の世界)』より

忘れえぬ面影  Even Now

全米チャート19位、アダルトコンテンポラリーチャートNo.1。

トリプルプラチナとなったアルバムからの、この2ndシングル曲は

バリー自身も好きな曲だという珠玉のバラード。

静かにピアノから入っていき、ストリングスが盛り上げていく。

中盤からはドラマチックな展開へ。

やさしく切なく、そして力強いバリーの声。

バリーの声が、もう真骨頂。。

その表現力豊かなバリーの声にひき込まれていくのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued・・